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藝大リレーコラム - 第九十八回 与儀巧「今、思うこと」

連続コラム:藝大リレーコラム

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第九十八回 与儀巧「今、思うこと」

 オペラや声楽の魅力は、国や言葉の違いを超えて「感情」を伝えられることだと、私は強く感じています。どんな言語で歌っていても、聴いている人の心に響くのは「喜び」「怒り」「悲しみ」「楽しさ」といった、人間なら誰もが持っている感情です。音楽が国境を越えると言われるのは、こうした普遍的な感情があるからこそだと思います。

 でも、感情は「込める」のではなく「宿す」ものだと私は考えています。無理に感情を込めようとすると、すぐに喉が疲れてしまったり、逆に聴いている人の心が離れてしまうこともあります。演奏では、感情を自然に表すことが大切なのです。

 私は、オペラや声楽を「一本の木」に例えて考えています。発声や音程、リズムなどのテクニックは枝や葉っぱの部分。そして、歌い手の感情や人生経験、作品への共感が「根っこ」にあたります。どんなに技術があっても、根っこがしっかりしていなければ、本当に人の心に届く歌にはなりません。

ジュリアーノ?チャンネッラ先生と

 私の師匠であるジュリアーノ?チャンネッラ先生からは、「物まねではなく、自分の心から歌いなさい」と何度も言われました。歌詞や登場人物の気持ち、作曲家の思いを自分の中でしっかり考えて、自分の感情として表現することの大切さを学びました。

 例えば、日本人がイタリア語のアリアを歌うとき、意味や発音を正しくするのはもちろん大事です。でも、それだけでは聴く人の心を動かすことはできません。言葉が分からなくても、そこに感情が宿っていれば、聴いている人にちゃんと伝わります。

2023年オペレッタ「こうもり」より びわ湖ホール提供

 

 2023年に出演したオペレッタ「こうもり」では、演出の野村萬斎さんが「オペレッタも能や狂言も、笑いの本質は同じ」と話していたのが印象的でした。その公演で、劇場全体が笑いに包まれる瞬間を体験し、感情が言葉の壁を越えて伝わることを改めて実感しました。

 技術と同じくらい、感情を大切にすることで、歌はもっと生き生きとし、聴く人の心に響きます。私は、すべての本質は「根っこ」にあると思っています。技術(枝葉)を磨きながら、自分の「根っこ」も大切に育てていくことが、世界中の人と心を通わせる一番の方法だと信じ、日々精進したいと思います。

 

写真(トップ):2023年オペレッタ「こうもり」より びわ湖ホール提供


 

 


【プロフィール】

与儀巧

東京藝術大学 音楽学部声楽科准教授

国立音楽大学卒業、同大学院修了。イタリアボローニャで研鑽を積む。第6回東京音楽コンクール第1位及び聴衆賞など受賞歴多数。2013年に紀尾井ホール主催により東京での本格的なリサイタルデビューを飾り、東京二期会『イドメネオ』タイトルロール、『ウィーン気質』ツェドラウ伯爵役。宮本亞門演出オペラプッチーニ『マダムバタフライX』ピンカートン役。近年では、新国立劇場『オテロ』カッシオ役で、海外からの招聘キャストとの共演に於いて卓越した歌唱を披露し絶賛され、全国共同制作オペラ『夕鶴』与ひょう、『こうもり』アルフレード役に於いて高い評価を得た。コンサートではベートーヴェン「第九」、モーツァルト「レクイエム」、ヴェルディ「レクイエム」等で出演し、輝かしい美声で好評を博している。放送の分野でも「NHKニューイヤーオペラコンサート」、「名曲アルバム」、「クラシック倶楽部」等に出演している。東京藝術大学准教授、国立音楽大学講師。二期会会員。